ANGELS PIECE
           
〜 生きることの意味 〜



―― 死ぬことは恐くない

            ・・・それは生きていると言えない










―― その日、どうしてあそこへ行ったのか、よく覚えていない。

レヴィアス様に命じられていた魔力を増幅させる研究のためにこの宇宙を統べる女王のサクリアというものを見ようと思った、そんな理由だった気もする。

でもあそこに ―― 東の塔に入った瞬間、そんな事は忘れてしまった。

あまりにそこが静かだったから。

東の塔の門をくぐった所で僕は立ち止まって溜め息をついた。

宇宙の命運の左右する戦いの最中だというのに柔らかく暖かい空気が塔に満ちていたから。

これが女王のサクリアってものなら僕たちの母星の皇帝とは随分違う。

皇帝の力は絶対的で支配に長けているものだった。

レヴィアス様の力のように・・・死者さえも引き戻すほど

僕は小さく頭を振った。

・・・ここは暖かくて、余計な事を考えすぎる。

出よう、そう思って振り返ったその時だった。





「ゼフェル!!」





驚愕を含んだ声に僕は反射的に振り返った。

・・・そこに『天使』がいた。

波打つ金の髪をゆらして透き通る緑色の瞳を大きく見開いた美しい少女。

光の中に佇むその姿は昔語りにしか知らない『天使』を僕に思い出させた。

「ゼフェル!」

飛び込んできた『天使』を僕はかろうじて受け止める。

彼女が幻でないと知らしめるその重みと目の前で揺れる金色の髪に目眩がした。

鼻を掠める甘い香りに何故か鼓動が早まった。

でも

「ゼフェル・・ゼフェル・・・」

繰り返される同じ名前に僕は夢から覚めるように急速に冷静さを取り戻した。

『ゼフェル』

それは確か僕の器になった鋼の守護聖の名前だったはずだ。

「・・・・・違う・・・・・」

「えっ?」

『天使』が顔をあげて僕を見る。

うっすらと涙の浮かんだ緑の瞳に僕は胸が痛んだ。

僕が『ゼフェル』でないとわかったらこの瞳はまた曇るだろう。

でもこのままにしておくわけにもいかない。

「・・・僕は鋼の守護聖の姿を持っているだけだよ。
僕の名前はショナ。
レヴィアス・ラグナ・アルヴィース・・・君たちが皇帝と呼ぶ方の配下の一人だよ。」

思った通り『天使』は大きく目を見開いて僕を見た。

僕は視線を落とした。

この宇宙を征服すると決めたレヴィアス様に導かれ復活した時から冷たい視線にはなれていたはずなのに。

否、ここに来る前レジスタンスとして母星で戦っていたときから、どんな冷たい視線にも僕の心が揺れることはなかったはずだ。

・・・なのに今、目の前の緑の瞳に冷たい視線を向けられるかと思うと、何故か辛くなってそれが見たくなくて思わず視線を落としてしまった。

すっと彼女の暖かさが僕から離れる。

このまま彼女は去るだろう。

僕を破壊者と罵りながら・・・今までがそうだったから彼女もそうだと、思った。

次の瞬間、僕の頬にふいに暖かい感触が生まれた。

僕は弾かれたように顔を上げる。

そして僕はその感触の正体を知った。

僕から離れたはずの、立ち去るはずの『天使』が僕の頬に片手で触れていた。

―― 心配しているとすら受け取れる瞳で僕を伺いながら。

「・・・大丈夫?」

「え・・・」

聞き返した僕の声は自分でも随分気の抜けたものだったと思う。

それでも『天使』はますます心配そうに覗き込んできて言った。





「貴方、ひどく悲しそうよ?」





「・・・・・・・・・」

僕は言葉を失った。

そんな事を言われたのは初めてだったから。

悲しそう?

僕が?

死を畏れることもなく、生を楽しむこともできない僕が?

楽しさも怖さも辛さも知らない僕に悲しそうなんていう感情はない。

そんなはずは・・・ない、はずなのに・・・

なのに・・・

頬を熱い雫が伝う。

喉が熱くて・・・声が出なくて・・・

「・・・っ」

声にならない音が喉から洩れた。

『天使』がなにも言わずにその真っ白な服の袖で優しく僕の頬を拭う。

「汚れるよ・・・」

「いいの。綺麗な涙を拭うんだから汚れたりなんかしないわ。」

事も無げに言って笑う『天使』。

その笑顔があまりに綺麗で・・・僕はただ涙を流した。










「・・・僕は何故ここに在るのかわからないんだ。」

ひとしきり涙を流した僕の横にちょこんっと座っている『天使』に僕は呟いた。

「僕は復活したかったわけじゃない。
母星で処刑された時ですら僕は他のみんなのように悔しいとか死にたくないとかそんな思いは無かったんだ。
それも当たり前といえばそうなんだけどね。
レヴィアス様にレジスタンスに入ることを誘われた時も必要とされたからでカインやキーファーみたいに何か特別な想いがあったわけじゃないし・・・
ああ、終わったんだなって、それだけだった。
だから・・・復活したいとも思ってなかったんだ。
カーフェイやジョバンニのように戦いを楽しむ事もない。
ルノーやカインのようにレヴィアス様を慕っているわけでもない。
ゲルハルトやウォルタ−のように生を楽しむこともない。
・・・僕にはなにもなかった。
だから・・・わからない。
みんなのようにこの宇宙を救おうとするあの栗色の髪の女の子を憎む気にもならないんだ。」

そこで言葉を切って僕は苦笑した。

考えてみればこの『天使』がどんな立場にある人間にしろ僕たちによって平和な生活をかき回された事に違いないのに、こんな事を聞かされても迷惑なだけだろうに。

しかし『天使』は嫌な顔1つせず一生懸命考えるようにしながら答えてくれる。

「生まれてくる魂になんの意味もなものなんてないわ。
今見つからなくても、これから見つかるかもしれない。」

きっとそうよ!といいたそうな『天使』の顔に僕は少し意地悪をしたくなった。

「でも君たちはレヴィアス様がいなくならないと元の生活を取り戻せないよ?
そして僕はレヴィアス様がいなくなればここの存在することはできない。」

僕の言葉に彼女はうっと詰まる。

そして考え込む『天使』。

しばらく真剣に悩み続けた『天使』は急になにか思いついたようにぱっと顔を上げて言った。





「生まれ変わってくればいいのよ!」





「え?」

「うん、そう。生まれ変わってくればいいの。
新しい生を受けて新しい場所に生まれ変わればきっと今と違う生を生きられるわ。」

ね?と向けられる笑顔が眩しい。

僕は目を細めて言った。

「でも・・・生まれ変わったら記憶はなくなっちゃうんだろ?
・・・君の事を忘れてしまうのは・・・少し、もったいない。」

素直な気持ちを込めた言葉に『天使』はそんなこと、と笑った。

「大丈夫!会いたいと願えばきっと忘れないの。
・・・そして巡り会えるわ。必ずね。」

そう言った『天使』の瞳は僕を通り越して別の所を見ていた。

それは、たぶん・・・

「・・・『ゼフェル』は君の大切な人なの?」

「え?」

「君が生まれ変わっても会いたいのは『ゼフェル』なんだろ?」

さっと『天使』の頬が朱に染まった。

そして困ったように首を傾げる仕草は誰かを想う女性のもので・・・

「ゼフェルは私をずっと支えてくれている人なの。
ぶっきらぼうで、一見とっても乱暴な感じなんだけどね。」

そこで思い出したように僕を覗き込んだ。

「さっきは間違えてごめんなさい。
・・・でもね、とっても似ていたの・・・」

「僕と『ゼフェル』が?」

話を聞いている限り僕とダブるような所はないように思えるのに、と僕は首を傾げる。

「えっとね・・・出逢った時のゼフェルも悲しい目をしていたから。
さっきの貴方みたいに。
辛いことがいっぱいあって、だからゼフェルはそんな目をしていたから貴方もそうなのかな、と思ったら心配になっちゃった。」

そして『天使』は小さく溜め息をついて呟いた。

「・・・心配、してるだろうなあ・・・」

・・・僕はひどく『ゼフェル』が羨ましくなった。

側にいなくてもこれ程までに彼女の心に残っている『ゼフェル』が。

生まれ変わっても巡り会いたいと思わせるほど彼女に想われている『ゼフェル』が。

憎らしいほど、羨ましくなった。






僕は無言で立ち上がった。

「?」

不思議そうに見上げてくる『天使』。

その顔を焼き付けるためにじっと見て僕は言った。

「1つお願いがあるんだ。」

「なに?」

「君の髪・・・少しだけもらっていいかな?
生まれ変わっても巡り会えるように、覚えているために・・・」

くりっと驚いたように『天使』は目をしばたかせたけれど、すぐににこっと笑った。

「別に構わないわ。」

そういうと彼女は僕の渡したショートソードで一房、その金の髪を切り取った。

そしてショートソードと共に僕に金の糸のようなそれを渡してくれる。

「きっとまた会いましょう。ショナ。」

初めて呼ばれた名前は僕の名前じゃないみたいに優しく響いた。

僕は大きく頷いて、決意を込め言った。

「必ず君に会いに来るよ。」

その時には『ゼフェル』の姿ではなく、僕自身の姿で。

そして君の隣にいたい。

君に想われる者になりたい。

僕はそっと彼女の金の髪を握った。

「必ず・・・!」

『天使』がにっこり微笑んだ・・・










―― 死ぬことは恐くない

         今は次の生への希望が『天使』の金の髪と共に輝いているから・・・











                                               〜 Fin 〜







― あとがき ―
初の『天空の鎮魂歌』がらみの創作になります。
しかし『天レク』なのにコレットもアリオスも出てこないこんな創作って・・・(^^;)
いやあ、実は大っっっっっっっ好きなんですよ、ショナv
ごく普通の敵だと最初思っていたんですが、ちょこちょこ出てくる彼や倒した後の語りとか見てて
うわ〜可愛いvvと・・・(笑)
あの儚げな危うい雰囲気がゼフェルと通じるような通じないような所があって、ああいうキャラ、東条は
大好きなんですよ。
で、ずっとショナが出てくる創作を書きたかったんです。
・・・まさかショナ一人称で書くとは思いませんでしたけど(^^;)
しかもなんかリモージュ(作中一回も名前出してませんけど、リモージュですよ・汗)に片想いさせてるし。
もしなんじゃこりゃ!と思われた方いらっしゃったらすみません(- -;)
こんなエピソードもありかな、とお心を広く持って頂けるとありがたいです。